サムライスピリッツの世界観:1788年、江戸に魔界の門が開いた
格闘ゲームはふつう、ストーリーをあまり気にしない。だがサムライスピリッツは例外だ。世界観を驚くほど丁寧に作っている——具体的な年号までしっかり決めてしまっている。1788年、日本の江戸時代後期、天明八年。
すべては1637年のあの悲劇から
サムライスピリッツの世界を理解するには、まず史実を知っておく必要がある。島原の乱だ。1637年、島原半島のキリシタンと農民たちが立ち上がり、16歳の少年を指導者に担ぎ、原城に立てこもって徳川幕府に抗戦した。少年は捕らえられ、三万人余りの信徒とともに処刑された。
その少年こそ天草四郎時貞。のちにシリーズを貫く宿敵となる——それはまた後の話だ。
1788年:天草が復活する
ゲームの設定では、天草四郎は死後も怨念が消えず、魔界で百年以上修業し、1788年に復活して魔界の門を開き人間への復讐を目論んだ。暗黒神は天草を利用し、服部半蔵の長男の肉体を奪って現世に顕現させた。
世界は混乱に陥る。寒波、洪水、疫病、戦乱が次々と起こった。肥前国島原の辺りには、突如「天草城」が出現し、城内の人間は一人また一人と死んでいく——城の主は復活した天草だった。
剣士たちはなぜ集まったのか
サムライスピリッツの巧いところは、誰も単に「ボスを倒す」ためには来ないことだ。それぞれに私心がある。覇王丸は自分の剣を試したい。ナコルルは自然を守りたい。橘右京は魔界の花を摘みたい。服部半蔵は乗っ取られた息子を救いたい。目的の違う剣士たちが、共通の脅威によって一本の縄に縛られる。
これこそがサムライスピリッツの世界観のいちばん賢いところだ。「世界が危機だ」というセリフで物語を進めるのではなく、一人ひとりに理由を持たせている。
時代感と魔幻感、両方取る
一方には史実のディテール(江戸時代、幕府、島原)があり、一方には魔界、暗黒神、憑依といったファンタジー要素がある。この「歴史+ファンタジー」の配合が、サムライスピリッツを純ファンタジーほど浮つかせず、純歴史よりもはるかに面白くしている。
この世界観を掴めば、覇王丸やナコルルたち一人ひとりの物語も、ずっと読みやすくなるはずだ。